(後編)コミュニケーションのハードル:実践


前回の続きです。


後編では、相手の心を読みすぎる人間が真っ当なコミュニケーションをするスキルについて話していく。このスキルについては、勘違いをよくしてしまう人や、遠慮して聞くべきことを聞けない人にも有効であると考えている。この方法を教えてくれた前職の上司には本当に感謝しかない。


相手の心を読みすぎることの問題は、勝手に相手の気持ちを想像してしまうことにある。相手が本当に自分が想像したことを考えている確証もなく、勝手にそうに違いないと自分が思い込んでしまっている状態だ。要するに、解いた問題に対して答え合わせをしていない状態である。しかもここに加えて、相手の仕草や反応から、勝手に自分で答え合わせをしてしまう。本当に自分の想像が正しいかどうかは、相手に直接言葉で確認するまで絶対にわからないにも関わらずである。相手の気持ちを想像することに長けている人間ほど、この傾向は強まる。

「こう思わせてしまった」「面白くない話をしてしまった」と、確かめてもいないのに勝手に結論づけてしまうことが問題だ。

そして、言われてもいないことを「あのときこう言ったでしょ」「それくらいわかるでしょ」といったような理不尽な扱いを受けてきた人間は、多くの場合、相手が実際に発した言葉と、自分の思い込みが区別できなくなっている。


まず最初にやることは、相手の言ったことと自分の思い込みを明確に分けることだ。

分けるための取り組み自体は難しくない。1枚の紙を用意し、真ん中に縦に線を引く。そして以下の①②を左と右に分けて書く。


①相手が実際に言ったことを、できるだけ一言一句間違えないつもりで文字に起こす。

言ったかどうか曖昧なものは書かない。相手の言葉だけを正確に書き起こす。


②相手の言ったことを元に、自分がどう思ったか、考えたかを書く。


ポイントは、①で相手の言っていないことについては絶対に書かないことだ。自分が相手と話した状況を思い返し、相手の言葉をそのまま文字にする。

慣れれば頭の中で①②の整理ができるようになるが、最初は絶対に文字に起こして目で見える形にしたほうがよい。頭の中で作業をすると、私の経験上、自分の思い込みが混じる可能性が高いからだ。


①②を比べることで、自分が勝手に想像したことが何かがわかる。②については、この時点では自分のただの思い込みでしかない。それが実際に合っていようが間違っていようが、答え合わせをしていないこの時点ではただの思い込みに過ぎないということを繰り返し自分に言い聞かせる。相手が言っていないことについてあーだこーだ悩むのは必要のないことなのだ。相手もそんなことは求めていない。

そして次のターンで、実際に自分の想像が合っているかを確認するのである。ただし、ここで相手に遠慮してしまって確認するための質問ができないということが起きる。



次にやるべきは、相手と自分の立場を認識することだ。

これは仕事場での実践の例をもとにして書いている。もちろん友人や知人と話すときにも用いることができる方法だ。

私は忙しい相手を見ると、質問をしたくてもどうしても遠慮してしまい話しかけられなかった。しかし、自分が動かなければ仕事は進まず、大きく見れば会社の損失になる。

そこで、自分の行為に動機付けを行う必要がある。自分の行動を正当化するための理由を探すのである。


〇自分の行為に明確な目的を持たせる。

自分に振られた仕事は、周囲にどう思われようが、結果を出すことが仕事の意義であることを認識する。

〇自分の成果が上司やリーダーの評価に繋がっていることを認識する。自分が結果を出さなければ、その責任は上司やリーダーにもあるということを理解する。自分が遠慮をしたほうが、最終的には上司やリーダーに迷惑をかけることになるのだ。


以上のことから、自分は質問をする正当な権利がある、というふうに考えていく。


あとは相手に時間をとってもらって聞くだけである。恥ずかしながら、私はここまで理解していながら、相談する方法を知らなかった。簡単に相談できるようになったのは、相談方法を教えてくれた現在の職場のリーダーのおかげである。その教えてもらった方法を書いていく。


まず、何について聞きたいかを伝える。ここがわからないので相談させてほしいと頭出しをする。

相手が忙しければ「後にして」と言われるだろうが、そう返されたときは必ず「いつ頃であればご都合よろしいでしょうか」と予約を取り付けるようにする。


次に、どこまでわかっていて何がわからないのかを伝える。「ここまでは理解できたのですが、この後がわかりません」「自分としてはここはこう考えていて、おそらく正しいと思っているのですが、次がわかりません」のような感じだ。

わからないことがわからない場合、おそらく知識の不足が考えられる。その場合は、インターネットで検索できるものなら検索して調べる、インターネットで検索しても出てこないようなものなら、理解に役立つ資料がないか聞いてみる。なければ素直に直接教えを乞うしかない。



これまでの話を念頭に、具体的な例を書いていこうと思う。

たとえば、「来週までにこの資料のレビューをしておいて」と頼まれたとする。相手が忙しそうだったので、とりあえず「わかりました」とだけ返してしまった状況だ。


ここでわかることは、

納期は来週、自分はレビューをしなければならない、ということだけだ。

それまでの私なら、来週末までに、とにかく誤字やら何やら気になる点を直せばいいということだな、と考え、これ以上相談することなく作業を始める。

このまま行動するとどうなるかというと、まず提出が遅いことを指摘された上、もう少し早めに持ってこないと指摘部分の修正ができないだろうと怒られる。


この状況を①②でわけてみる。

①「来週までにこの資料のレビューをしておいて」

②・来週末までに、誤字やらなんやら気になる点を直せばいいんだな。

・相手は忙しそうだから、これ以上聞くのは迷惑そうだ。出来上がってから確認してもらおう。


①では来週とだけ書いており、②では来週末と書かれている。また、①ではレビューと書かれているのに対し、②では誤字をチェックする以外の内容が曖昧である。そして、相手が忙しそうであっても、実際に相談を断られているわけではないのだから、迷惑かはわからない。

初めのうちは、文字に起こしてもこの区別がつかないかもしれない。できるなら、誰かにチェックしてもらうのがよい。



この会話だけでは、来週のいつまでなのか、相手が求めているレビューがどのようなものなのかについては全く話されていないにも関わらず、勝手に自分の想像で作業に入ろうとしてしまっている。もちろん具体的な指示を出さない上司にも問題はあるかもしれないが、相手がどこに疑問を感じるかを予想して話すのはかなり難しいことである。そこに労力を割くなら、質問を待って、わからないことについてだけ答えるほうが簡単なのだ。そのため、こちらは素直にわからないことについて聞いた方が良い。

「期限来週までって言ってたけど来週のいつ頃だろうレビューってどうやってすればいいんだろう」と以前の私なら悩んでいたが、これは自分で悩んでも絶対に答えが出ない疑問だ。①②を整理することで、相手に確認しないとわからない部分を炙り出す。自分で悩んでも解決しない疑問は、早々に相手に確認するする必要がある。



ここで必要なコミュニケーションは以下である。

お忙しいところ大変申し訳ないのですが、認識がズレていると後でご迷惑をおかけすることになるので、少しだけ認識合わせをさせてください。

〇これは来週末までに提出すればよいでしょうか?何曜日の何時までに出せば助かる、などあれば教えていただけますでしょうか。

◇レビューをするのが初めてで、そもそも何を確認すべきかがわからないため、誤字以外で見るべき部分があれば何か教えていただけますでしょうか?


は枕詞だ。自分の相談はあなたに迷惑をかけないためにやるのだということを相手に伝える。そうすることで、相手に自分の話を聞いたほうがいいという認識をさせる。


〇では自分の思う期限が本当に正しいかを確かめるために、相手に期限を明確化させている。それと同時に、相手の気持ちを汲み取りにいくことで印象を上げに行っている。確認をすることで、逆に印象を良くできる(はず)のだ。もし資料の提出が上司の助かる時刻までにできなかったとしても、少し遅れる旨を早めに伝えておけば大丈夫なはずだ。そもそも相手としては、自分自身が助かる期限を指定しているだけなので、そこに遅れたからといって怒るのは理不尽である。

この、「相手にとって助かる期限を聞く」というのは、相談をしやすくするための布石でもある。早めの期限を別に設定してもらうことで、もしわからないことがあって仕事が進まないときに、自分が困っていることを伝えやすくなる。なぜなら相手としては、自分に合わせて行動してもらっているという意識ができているからである。自分のためにしてもらっていることを蔑ろにはしづらいだろう。


◇では、「ここまではわかるが、それ以上はわかりません」を伝えている。②で勝手に自分が解釈した「誤字がないかチェックする」ことは作業として正しいかを相手に確認し、それ以外のことはわからないので教えてほしいと素直に質問している。

初めてのことならわからなくて当然だ、と相手が優しければ思ってくれるはずだ。相手が優しくなくても少しのヒントは出してくれるかもしれない。答えてくれなければ、別の人に聞くか、とりあえず自分で考えたことを実行してみることになるかと思う。

ここでポイントなのは、「仕事内容を相談した」という事実を作ることである。他の人が見ている中で相談をしに行くともっと良い。もし良い職場なら、誰かが代わりに教えてくれるかもしれない。1番避けるべきは、相談すらせず自分で業務を抱え込んで爆死することだ。自分がどのような状況かを、誰かに知ってもらっていれば随分と仕事が楽になる。業務の進捗報告をしっかりと行い、相手に困っている点を伝えているにもかかわらず、返答がなく何の対処もしようとしないのなら、それは間違いなく相手の監督不十分であり、相手に責任があると言い切れる。自分が相談に行く姿を多くの人間が目撃していれば、それだけ仲間は多くなるのだ。

(もしそのような状況でも誰かが助けてくれないならその職場はたぶん終わっているのでやめたほうがいいと思います人を育てる気のない会社はいろんな意味で続かないので)



〇◇のテンプレートは私が日頃から使っているものだ。①②で自分の思い込みを整理し、相手に直接言われていない欠けた情報を〇◇で確認する。認識に相違があれば、その場で認識合わせができると思う。そこで

とにかくこれに沿ってコミュニケーションをとることを心がけている。



実践スキルとしては以上だが、相談を受け付けてくれない人間というのは確かに存在する。①②の方法を教えてくれる前に私の上司だった人は、本当に相談に乗ってくれなかった。確かに当時の私は相談が下手くそだったので、相手にとってはかなり迷惑だっただろうが、直接言ってもチャットで送っても無視され続けたので、そういう人に当たってしまったときは運が悪いと思うしかない……上司の上のマネージャーに相談して一時的には改善したが、二週間後には元通りだったので

そしてメンタルが弱いと自覚のある人間は、そういう職場からはすぐに離れることをオススメする。①②をまとめるための精神が死んでしまうので。

部下を育ててくれる会社と上司はちゃんとどこかに存在するので安心してほしい。少なくとも、私はちゃんと育ててくれる会社に出会うことができている。


もし気が向いたら以上の内容を試してみてほしい。通用しなかったらごめんなさい。

友人との関係の中でも、①②の実践は一度してみてほしい。相手の言葉だけを拾う練習をすると、気持ちがかなり楽になる。誰しも、自分が言っていないことを勝手に言われたことにされるのは気分のいいことではないだろう。相手はもしかしてこう感じているのだろうか、と思ったときは、素直に「こう思ってた?」と確認すればよい。相手の気持ちを確認する行為は、相手にとって「自分の気持ちをちゃんと理解してくれている」という安心感につながる。カウンセリングの場でも、患者の気持ちをカウンセラーが反復することは基本的な技術である。積極的に行ってもらいたい。

でも疲れたときはこんなこと考えずに寝るんだぞ。お疲れ様でした。